岐阜県多治見市のスコーン専門店

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ニュージーランドの風と、暮らしに寄り添うティータイムの記憶

大学時代の4年間を、ニュージーランドで過ごしました。

私が暮らしていたのは、北島の首都ウエリントンから車で1時間半ほどの場所にある、パーマストンノースという街です。いくつかの大学があり、多くの若者が集まる街。周囲はなだらかな丘に囲まれ、その丘の上には風力発電の風車が並んでいました。

「Student City(学生の街)」

「Wind City(風の街)」

そんな愛称で呼ばれる、穏やかでコンパクトな街でした。

ニュージーランドでの日々を思い出す景色

渡航前、高校生の頃に地元のコーヒー店でアルバイトをしたことをきっかけに、私はコーヒーの魅力に惹かれていました。ニュージーランドでも、休日になると街のさまざまなカフェへ出かけ、おいしいコーヒーを探すことが楽しみのひとつでした。

ウエリントンの海沿いにあったモジョコーヒー。ハーブファームの緑の香りに包まれたカフェ。深煎りのコーヒーが印象的だったエボニーコーヒー。エスプラネードパークの木々に囲まれたカフェ。今でも思い出せる、お気に入りの場所がいくつもあります。

当時のニュージーランドのカフェでは、ドリップやサイフォンで淹れたコーヒーを見かけることはほとんどありませんでした。どの店のカウンターにも大きなエスプレッソマシンが置かれ、現地の人たちがよく飲んでいたのが、ラテのようでもあり、カフェオレのようでもある「フラットホワイト」でした。

見た目はカフェラテに近いのですが、ミルクの泡は少し控えめ。エスプレッソとミルクの味を、より近くに感じられるコーヒーだったように思います。

カフェのメニューの中で、とりわけ印象に残っているのがミートパイです。ミートパイは、現地ではガソリンスタンドでも売られているほど身近な存在でした。それでも、バターやチーズ、牛肉が贅沢に使われていて、まさに酪農の国ニュージーランドのエッセンスを感じさせる味でした。

少し肌寒い日に焼きたてをかじると、中からビーフシチューのように濃厚なフィリングがあふれ出します。その温かさと味わいは、今も鮮明に記憶に残っています。

そして、カフェのショーケースには、たくさんのスコーンが並んでいました。

カフェのショーケースに並んでいたスコーン

特に多かったのは、チーズやハーブ、ベーコンなどを生地に練り込んだ、食事系のセイボリースコーンです。軽い食事としても、コーヒーのお供としても食べられる。特別な日のためではなく、日々のさまざまな場面にスコーンがありました。

英国のアフタヌーンティーとは少し異なる、ニュージーランドならではのスコーン文化が、そこにはあったように思います。羊や牛がいる草原と、人々の暮らしがすぐ近くにある環境の中で育まれたその文化は、とても自然でした。だからこそスコーンは、特別なものとして飾られるのではなく、人々の生活の一部として親しまれていたのだと思います。

パーマストンノースは、それほど大きな街ではありません。街の中心部へ出れば、必要なものは徒歩圏内でほとんどそろいました。平日の街はとても穏やかで、夕方5時頃になると、レストランでさえ営業を終えてしまうことがありました。

ところが休日になると、カフェは道路沿いのテラス席まで人であふれます。人々はコーヒーを片手に、友人や家族との会話を楽しんでいました。

名古屋や岐阜の喫茶店にも、笑い声の絶えない賑やかな店があります。その光景を思い出させるような、親しみのある賑やかさが、ニュージーランドのカフェにもありました。皆が、その時間そのものを生活の中で大切にし、心から楽しんでいる。それが自然に伝わってくる場所でした。

ニュージーランドのカフェで私が感じたのは、人々の暮らしや自然の中に息づく、気取らず、そこで過ごす時間そのものを大切にする文化です。その中で、コーヒーや紅茶、ミートパイやスコーンは、その時間を形づくる大切な要素ではあっても、決して主役ではありませんでした。

もしかすると、人でさえもティータイムの主役ではないのかもしれない。

主役は、そこに流れている時間そのもの。場所や人、自然、おいしい食べ物や飲み物が重なり合い、ひとつの時間となって、日々の暮らしの中に息づいている。ニュージーランドで過ごした日々は、そんなことを私に教えてくれました。

ニュージーランドの風と、暮らしに寄り添うティータイムの記憶
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